『2001年宇宙の旅』

観たよっていう備忘録でぶろぐに書く。

正確には、観てる、です。
晩ご飯食べながら数回に分けてちまちま観てる。1968年の映画なんですね。映像といい、世界観といい、すごく的を射た感性で想像以上。昔のSFを侮っちゃいかんのだなー!
でも、好きかどうかは最後まで観てから決めよう。

『プリンセスと魔法のキス』

観た映画備忘録。


アラン・メンケン作曲の映画だと思い込んでたら、違った…。どこで間違えて覚えたんだろ。
プロットは結構良くできてるのに、台本で失敗した感じでした。
トンデモな発想を、うまいこと料理できなくて、トンデモなまま小粒に終わっちゃったみたいな。嫌いじゃないけど、映画館で観たら損したと思っただろうなー。

『何処へ行く』

いずこへ行く。未来へ。
ミュージカル座の和製ミュージカル。新作初演。北千住のシアター1010にて。

ポーランドの作家シェンキェヴィッチの『クオ・ヴァディス』を原作に、暴君ネロの統治下にあった紀元一世紀のローマで描く群像劇。信仰と歴史に、時には引き裂かれ、時にはすれ違う恋人たち二人を縦軸に。キリスト教徒の迫害やローマの大火を背景に。
全編を歌で歌う、『レ・ミゼラブル』形式(いま命名した)。

20分の休憩を含めて、二幕構成、トータル三時間弱。

長い。なげーよ。お尻痛いよ。

あと20分は確実に削れる。そして冗長なナンバーがある割に、ネロの孤独やペトロニウスの孤独、哲学者の無力さなど、描き込めば物語に奥行きが出るであろう部分が薄かったりする。出演者のネームバリューの重さを、そのままソロの尺に当てはめでもしたんだろうか……(下世話な想像)
主要な登場人物だけでもかなり多くて、しかも似たよーな?名前の似たよーな衣装の人が複数いるので、そこももう一捻り必要だなと思いました。何度となく、これ誰だっけ……名前出てこないかな……ってなってた。わたしの席が二階席で顔認識できてなかったのもあるけど。

出演者の人数見て覚悟してたつもりだったけど、それでも規模は想定外でした。舞台美術といい音といい背景の映像といい、原作のスケール感に迫ろうという勢いが良い。まぁ、これ要らんな…というものもパラパラありましたけど。いかにもイメージ映像です、という感じのCGはまだしも、紀元一世紀のローマにステンドグラスの背景流しちゃダメだって!(笑)

ローマ軍の将軍の阿部裕が、一声で分かるぐらい上手い。ジャベールまで務め上げた良い声です、相変わらず。
他も結構な売れっ子かつ実力派揃いで、非常に失礼ながらよく集まったなと感心してました。
ホリプロや東宝や劇団四季のようなビッグマネーの後ろ盾もない、芝居が好きなんだろうなーという座組の力で、ほんとによくここまで作ったと思う。ブラッシュアップしての再演を望みたい。

追記:
再演するなら、タイトルは平仮名表記で『いずこへ行く』にした方がいいと思う。絶対、観るまで(どうかすると、観た後でも)『どこへいく』って読んでる客、いまっせ。(笑)

『かぐや姫の物語』

見てきました。備忘録レビューは後日。
どのショットも一枚絵のように美しかったです。

『風立ちぬ』

堀辰雄の同名小説と、ゼロ戦の設計士として大正から昭和を駆け抜けた堀越二郎の半生を、足して二で割って宮崎駿風味に味付け。
戦争があった。空を飛ぶ、夢をみた。
誰も悪くない。ただ、正直に、誠実に、時代を生きた。

幼い頃から飛行機に憧れていた二郎は、やがて東大の工学部を経て、現在の三菱重工業へ就職し(ちなみに、この大学名や会社名は劇中で台詞で語られることはないが、映像を見ていればわかる)、設計技師として腕をあげてゆく。やがて彼は、ゼロ戦の開発チームのリーダーになる。

一言で言うと、飛行機オタクの飛行機オタクによる飛行機オタクのためのプロジェクトX、三菱重工ゼロ戦編。
菜穂子との運命的な出会いと再会と結婚は、花を添える横糸である。
縦糸のほうがぶっとくて、それはもう最初っから最後まで、飛行機の三文字である。
生きるとかじゃなくて、要するに飛行機。

激動の時代でありながら、力強さをゴリ押しする意図は微塵も感じない。それでいて、一人の指先では到底変えることのできない時代の潮流が、物語に確かに根付いて流れている。
ジブリで初めて、実在の人物をモデルにしたせいか、お約束的な物語のアップダウンが一切ない。
たとえ実話ベースであっても、普通の映画監督だったら、ここでプロジェクトが暗礁に乗り上げるんだろーな、ここで菜穂子が血を吐くんだろーな、みたいな想像が全部裏切られる。それが非常に気持ちいい。
登場人物が、物語の中で書き手から与えられた役割を担って動いているのではなく、本当に生きている。こういう物語を書きたいと思う。

二郎を演じた庵野秀明の声、賛否両論(特に否が)あるようで。個人的にはアリだし、監督が何を求めていたのかもよく分かる。普通の人々が息をしていて、なおかつドラマっていう方向性を、この配役から読み取れる。
でも……悪いけど、別に庵野秀明じゃなくてもいいんじゃないか、と……思ってしまった……。
周りは全員プロの俳優だから、声の出し方、演じ方が庵野秀明だけ180度違うし、庵野秀明だけ観ている最中に本人の顔がチラつく(笑) 他は、終わった後にスタッフロール見て「あっアレ西村雅彦か! 國村準だったのか!」という具合。これでええんかい!?(笑)


時代をとても丁寧に描いているのが素晴らしい。
「男は仕事」という生き方は、現代に囚われていたら批判的にしか見られないと、思う。でもそういう時代があったのだ。わたしたちの過去には、確かに。
穏やかに几帳面に、けれど深い苦悩を抱えながら生きてきた二郎の内側は、最後に彼の後姿と「一機も戻って来ませんでした」という台詞で語りきる。
一見の価値ありました。いい映画です。

サイトウ・キネン・フェスティバル『こどもと魔法』『スペインの時』

クラシック界の”夏フェス”、サイトウ・キネン・フェスティバル
初回からフェスティバルを率いてきた小澤征爾、復活公演。ラヴェルの対極作品の二本立ての前半『こどもと魔法』を担う。
母親に反抗し、宿題を放り出して、ティーポットを割って暴れる悪ガキが迷い込む、つかの間の魔法を紡ぐ。

茶碗が、肘掛け椅子が、壁紙の羊飼いが歌う。
名匠の指先に誘われて、オーケストラが夢をみる。
これは美しいのか残酷なのか、優しいのか皮肉なのか、壮大なのか小さいのか、恐怖なのか安寧なのか。手に掴むことのできない、かたちの無い夢をみる。沈黙を経て、そして夢から醒める。母を呼ぶ声で。
ことばで表せない夢を通り抜け、愛しく美しい余韻を残す。権威だった母の大きな姿は、同じ高さからこどもを見下ろす、温かな窓辺のシルエットになる。

わたしは指揮者の違いが分かるほど、耳も頭も良くない。
しかし、上演後にオーケストラの構成員と、メインの歌手のみならず合唱全員と握手している指揮者は、初めて見た。人の集まりを頂点で指揮しながら、末端の職人にまで敬意を払う一人のリーダーを見た。この人が指揮するオーケストラが質の高い音楽を奏でる(と評価されている)理由を見た。ような気がする。

後半『スペインの時』は、指揮者をステファヌ・ドゥネーヴに交代し、歌い手は『こどもと魔法』と共有しながらドタバタの不倫ラブコメを奏でる。
総合芸術であるオペラで、がっちり歌って笑いもしっかり取りに来る。すごいね。下品と上品のスレスレですかね。いや充分下世話なのか。ぱんつ脱いでたし。
もしかしてフランス人の思い描くスペイン人のイメージって、こんなんなのか。酷すぎる。(笑)
そういえば、初日は天皇皇后両陛下が御観劇なされたのですが、前半の『こどもと魔法』だけで後半は帰っちゃったらしい。まあ、納得です。ぱんつ脱いでたし。

掴み所がないようで、しっかり地に足が着いているオペラですね。観客には、演奏者も歌手も全員がとても楽しんでやっているように見える。それがすごい。多分これ、やるほうは、めっちゃくちゃ大変だと思いますよ。もう、本当に。(笑)音楽としてもスコアがワケわかんないし、歌手は短時間に何役もやるし、作品としてブッ飛んでるし。

誰だったか、俳優さんですけど、演じ手というのは観客に「楽しんで演ってるね」ぐらいに言われないとダメだ、というのを聞いたことがあります。四苦八苦しながら演っていても、その「大変」なのが観客に見えてはいけないのだそうで。観客が「楽しんで」ると感じるぐらいにやれないと、プロとしてダメなんだそうだ。これを聞いて、なるほどそうか、と思ったのを思い出しました。

どちらも装置と舞台美術がすてき。シンプルながら洗練されたシニカル感をまとった『こどもと魔法』は、大掛かりな装置が入りまくっているにも関わらず、すこーんと空いた空間が美しく。去年の『火刑台上のジャンヌ・ダルク』にも通じる世界観ですかね。逆に『スペインの時』は、舞台上を埋め尽くす時計や家具や日用品の数々がかわいい。
舞台が時計屋なんですが、冒頭、膨大な数の時計が刻むカチコチいう音が劇場中に充満する演出があり、この中で全然違うリズムを振る指揮者と、それに基づいて楽器を弾くオケのメンバーを、本気で尊敬しました。大丈夫なんだ……。

松本まで行った甲斐があった!満足です。
くせになりそう……。

劇団四季『リトルマーメイド』

説明不要、ディズニーによるハッピーエンドの人魚姫の、ミュージカル版。
ブロードウェイ発の舞台が、ヨーロッパ経由で、東京上陸。





ブロードウェイ初演当時、劇団四季が一度は版権獲得を検討するも、「これは日本じゃウケねえ」と判断して白紙撤回。それを聞き及んでいたのと、たまたまニューヨークへ行った時に初演版を観て、個人的にも「これは日本じゃウケねえ」という感想を抱いたので、「劇団四季がリトルマーメイド!」の話を知って最初はどうなることかと思ったものである。
このミュージカル、ヨーロッパへ進出した時に演出がごろっと全部一新されて、その版権を四季が購入したのだそうだ。

四季版は、ブロードウェイの初演とは、完全に別モノでした。こんなに媚びていいんかい?と思うほど、ド直球にヨーロッパ風味の演出だった。

こちらが初演版です。
デザインも装置も全部違う。
最大の違いは、フライングが無く、人魚がローラースケートな所ですかね。





ちなみにこのアリエルは、『オペラ座の怪人』25周年記念コンサートでクリスティーヌを演ったシエラ・ボーガス。超かわいい。



で、こっち↓はヨーロッパ版の演出の、アメリカ国内で上演されてるやつ(わけわからんが許して下さい)であるようだ。








さて、劇団四季版。
何と言っていいのやら……。


KKP『P+』

時におかしく、時にシュールに、不思議な世界を。
演劇とお笑いの狭間で、ラーメンズの小林賢太郎がたった一人で演じる、Kentaro Kobayashi Project(KKP)の芸術的コント作品シリーズ「ポツネン」。そのヨーロッパ公演『P』が、東京凱旋。


こちら↓は前回公演。



『ポツネン』は、わたしが知る限り、最も強烈に「知名度が低い」と「チケットが取りづらい」がタッグを組んでいる舞台である。

小林賢太郎はパントマイムや空間を見せるセンスが途方も無く高いので、以前から、外人にもウケるだろうなと思っていたのだが(がーまるちょばみたいに!)、やっぱり彼に海外に進出を勧めた人がいたんですね。
今回は、ヨーロッパツアーに持っていった作品群ということで、小林賢太郎の最大の武器”言葉”をかなりの部分で封印。それでも彼は天才なんだなあと、確信するに至る力がある。

意味の分からない一体感があって、最後は感動すら誘った前作と比べ、今回はちょっと小粒だったなという印象ですが、ストレートに、普遍的に、笑いを取りに行ったんでしょうかね。異なる文化圏へ、何を持っていけばウケるのか。試行錯誤した跡があちこちに見えたヨーロッパの旅路を、ホームである日本の観客へ報告するかのような、温かな舞台。
満足です。

最後の、日本版ボーナス・トラックと言うべき約10分間の”ハンドマン東海道五十三次”は、芸術的で抱腹絶倒でした。これほど笑ったのは、立川談春の落語以来だ。
ポツネンはマジで、化粧落ちます。アイメイクは控えめにしましょう。

定期演奏会、第96回ですって

上智大のオケを聴いてきました。目当ては最後のドヴォ7。
その他、シューベルトのロザムンデ序曲と、ボロディン「中央アジアの草原にて」。たぶんわたし、ボロディン好きなんだなー。今回のはちょっと心配になっちゃう出来でしたが(笑)
やっぱ最後のドヴォルザークが一番気合い入ってた。更に言ってしまえば、アンコールが一番ノってた(笑)

アンコールの曲が知ってるやつだったんだけど、作曲家も曲名も出て来なくて、昔2chのスレッドになってたインパクトだけが頭の中をグルグルしてて、帰りの電車でふと、ダメもとでググってみたら、

あった

これだ。

『リンカーン』

1865年、アメリカ。
大統領を擁する北軍と、奴隷制を支持する南軍へと国を分断した南北戦争は、4年目に突入。多くの若者が戦場で命を落としていた。
大統領エイブラハム・リンカーンは、合衆国憲法の第十三条の修正案を批准させ、奴隷制を憲法で禁じるため、下院議会の「あと二十票」を獲得しようとしていた。
だが、そんな折、南軍が和平交渉を持ちかけて来るという情報が入る。

奴隷制という根本の問題を解決しないまま、南軍との和平を締結し、戦争を終わらせて疲弊した国を今救うべきか。
議会を突っ走らせ、憲法を改正し、まだ無い未来を夢見るか。
国が岐路に立たされた28日間を描く。



貼っといて何言うんじゃって感じですが、予告編はヒドイです。
映画見てから予告を見て、のけぞった。字幕も酷けりゃ編集も酷い。
これもう、ほとんど違う映画だぞ。

アメリカのアメリカによるアメリカのための映画。
古き良きアメリカが、スクリーンの隅々にまで溢れかえった映画。
アメリカ人、アメリカ大好きすぎるだろ、っていう映画。
そんな映画で、アメリカ人に愛された大統領を完璧に演じあげた俳優は、イギリス人である。
できすぎている……。(笑)


良い俳優をずらーーーーっと並べてある。存在感の塊がどわっと溢れている。
主演のダニエル・デイ・ルイスは言わずもがな。「プライベートな場面のリンカーンって、こういう人だったのか」と思っちゃう説得力。そしてトミー・リー・ジョーンズが無茶苦茶いい。
ところで、トミー・リー・ジョーンズが演じた、奴隷解放急進派のスティーブンス議員の「あの」背景は、アメリカでは一般的に知られている事なのかしら。もし、アメリカでも知る人ぞ知る事実なのだとしたら、この映画はずいぶんと粋な演出をしましたな。

脚本も悪くないんだけど、終盤、あまりにもハリウッド節でキレイに盛り上げてまとめに入っちゃった。夫人とリンカーンが「これは後世に伝えられるべきよね」と語らってる馬車の場面、半分いらないでしょってもんです。一気に「これは史実に基づいたフィクションです」ってキャプション流された気分になる(笑)

美術と衣装と俳優で魅せる映画。
ハリウッドの大作ですが、演出も演技も感情的な大味にならず、重心が安定した寡黙な見せ方で結構好きです。
帽子とフロックコートが山ほど見られて、幸せでした。(そこか?)

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